セミネール断章 2026年4月12日講義より
第4回第4講:シェーマL(le schéma L)
主体の図式とラカンの罠
第1回のセミネールが始まったのは、1953年だったかと思います。ラカンの研鑽を積まれている方なら、「狼男」の症例については既にご存じでしょう。これはフロイトの症例から引かれたものですが、狼男――フランス語で言うところの "l'Homme aux loups" ――を1953年の「ローマ講演」や1954年のセミネールでラカン流の分析を行なっています。1952年には「ネズミ男(l'Homme aux rats)」のセミネールを行い、その翌年からいよいよ第1回セミネールが開始されました。内容は、フロイトの技法論に関するものだったと記憶しています。
その頃、1956、7年あたりから、ラカンは心の状態の図式化を試み始めました。有名なのは、本日のテーマにも挙げている「シェーマL」です。このLとは、ジャック・ラカンの頭文字ですね。フランス語の筆記体は英語のそれとは少々趣が異なりまして、Lなどは意外と普通に書くのですが、ちなみにTなどは、通常はねるべきところを、フランス語では逆にはねる。フランス語の筆記体を学んでみると、なかなか興味深い発見があるものです。
このラカン自身の頭文字を冠したシェーマLは、分解してみますと「Z(ゼット)」のような形をしています。まずこれを用いて、ある種こじつけ的というか、一種の説得力を持って説明を試みたわけです。ジャック・ラカンはその頃、$(S barré)という概念を提唱していました。日本語では「斜線を引かれた主体」と訳されています。

これはどういうことかと言うと、本来の主人公、つまり言葉を覚える前の生物学的な主人公というものは、言葉の世界から排除されてしまっている。言葉の境域に入ってくることができず、追い出されてしまっている。その欠如の謂いとして、斜線が引かれているのですね。
また「人間は究極的に何かを求めているのだ」という理論において、究極の対象は小文字の a で表されます。これは「他者」ですが、小文字の他者です。人間であれば誰しも最終的に追い求めてやまない何者か、とでも言いましょうか。そしてこの m は、フランス語の "le moi"、すなわち自我です。
そして、わたしたちが住まわされているこの言葉の世界、つまり「象徴的なもの」の世界を、ラカンは大文字の他者(grand Autre)と呼びました。この A (grand Autre)、S (Es)、a’ (petit autre)、a (moi) 。これら4つの項を、ラカンはこの「Z」のなかに嵌め込んだのです。
出発点に Sがあり、そこにa’が来て、a (moi) が来て、そして大文字の他者Aに至る。このような曲がりくねった道をたどるのだ、と。この全体が、精神分析的な仮説においてひとつの人間存在を表しているのだと説明したわけです。
これは1956、7年のことですから、まさに初期ラカンの思想です。彼の思想はざっくりと10年ごとに前期、中期、後期と分けられますが、これは前期の始まりに位置します。いわば、ここから既に「罠」を仕掛けてきているのです。
まず、どのような罠かと言えば、「記号への置換」です。本来、記号化し得ないものを記号に置き換えている。わたしたちが最終的に求めているもの、それは正体の知れないものですが、その捉えがたい、アモルフで形のない精神というものを記号化し、その組み合わせによって、あくまで仮説的に、人間の存在に関わる要素を書き出してみせたのです。
本来の人間存在の関わりというのは、Sと大文字の他者Aとの関係にあります。ラカンは、この大文字の他者が斜線を引かれた主体に向かう力、すなわち意識に昇ってこないものを「無意識」と呼びました。これが根源的な在り方です。ところが、この根源的な関係に対して、a’からa(moi) に向かう関係がある。これは言葉が介在しないイメージの世界、imaginaire(想像界)と呼ばれるものです。わたしたちが日常的に振る舞い、意見を述べる時、実はこの想像的なものを中心に話をしている。心の中が怒りで満ちていれば、怒りの言葉が溢れ出す。穏やかな人からは優しい言葉が出てくる。そのように、イマジネールなものが中心となって生きているのです。自我というものの存在様式は、どこまでも想像的なものなのです。
ですから、この小文字のaやa’ は一種の自我なのですが、こちらの自我とあちらの自我では性質が異なります。自分の中にある想像的な自我と、もう少し象徴的な自我との間で物事を考えている。一方が「自我理想(l’idéal du moi)」であり、もう一方が理想自我(le moi idéal)」です。このように図式による罠を仕掛けてきた。当時のセミネールの聴衆は、これに目を見張ったわけです。これまで具象化できなかったものが記号と図式で示されたのですから。
ラカンはこれをフロイトの「シュレーバー症例」に当てはめ、精神病者の構造ではどうなっているかを論じました。精神病者の場合はこれが四角形になり、R(Réel)、I(Imaginaire)、S(Symbolique)という枠に囲まれる。この枠組みこそが人間存在なのだという言い方をする。これは『エクリ』にも収められている内容です。

Wikipediaより
これを聞いて「素晴らしい」と感嘆する者もいれば、どこか「嘘くさい」と疑う者もいたはずです。なぜなら、後に登場する「幻想の式 $◇a」、人間が何かを求めて言葉の世界を生きる姿を示す「$◇a 」においては、項の順番が変わってしまうからです。
$から大文字のA へ向かうはずが、いきなり別の方向へ飛んでしまったり、象徴界と想像界の線の引き方が違ってきたりする。
つまり、ラカン自身も試行錯誤を繰り返していたのです。自ら落とし穴を作り、自らそれを改変していく。その動きは後年の「ボロメオの輪」においても顕著で、特に第21、22、23回のセミネールでは、輪の重ね方を幾度も入れ替えて苦心しています。ラカンが驚異的なのは、まさに現在進行形で考えながら、その場その場でセミネールを立ち上げていたという点にあります。おそらく、緻密な下準備をあらかじめ用意していたわけではないのでしょう。
ラカンに心酔する人々は、学生も含めて、この図式化を信じてしまいます。結局のところ、この教えを信じるか否か、ということが重要になってくるわけです。
わたし自身も、若い頃は信じておりました。図式化によって人の心を解析できるのだと。わたしは中学2年生の頃からフロイトに親しんでいましたから、ラカンの試みを「フロイトを数学化したもの」として、我が意を得たような心地でいたのです。1990年に上梓した『精神病の構造』も、そのような心境の中で書かれました。当時はパリのリプシ(LIPSY)という書店まで足を運び、未公開のセミネールを買い込み、フランス滞在中は一日中それを読み耽る時期もありました。
しかし、結局のところ、わたしの心の中にずっと居座り続けているのは、フロイトなのです。
フロイトに関しては、中学生の頃に人文書院の『フロイト著作集』の装丁が気に入って読み始めたという気さくな出発点でしたが、大学1年の時に精神科助教授の新海安彦先生からドイツ語の徹底的な薫陶を受け、その後は Gesammelte Werke(標準版全集)をドイツから取り寄せました。数年を費やして主要な論文には一通り目を通しましたが、そうすることで、フロイトとラカンの思考様式の近似と相違が漸くクリアに見えてきたのです。
ラカンは、思いついたことを即座にセミネールで語る。ゆえに常に現在進行形です。これに対して、フロイトは己の着想をすぐには信じませんでした。論文に書き留めても5年間は寝かせておいたのです。5年経っても考えが変わらなければ、そこで初めて発表するという、極めて慎重な考え方を持っていました。
そして、ラカンとフロイトの決定的な違いは、その「文体」にあります。フロイトの文章は、まるで小説や詩を読んでいるかのようです。精神分析の論文でありながら、文学作品としての気高さあるいは崇高さを湛えています。それがフロイトの人となりそのものなのです。
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