公開セミネール 2025 記録「セミネール断章」
量子論的精神分析 Ⅱ
Quantum Theoretical Psychoanalysis
理論と実践

2025年9月講義
講義:藤田博史(精神分析医)


セミネール断章 2025年9月14日講義より

第9回第9講:日常生活のなかの量子もつれ


 言葉による情報は、そこで展開している意味以上の領域を含んでいるという認識が重要です。例えば、子供がとんでもない悪さをしたときに、怒っている母親が優しい口調で「こっちにおいで」と言った場合、子供は言外の状況を察知して怖くなる、ということが起こります。これは異なった水準の2つの情報を子供に送り付けているわけです。つまりこのような二重の拘束を指摘し(二重拘束理論 double bind theory)、これが統合失調症を引き起こす原因になっているのではないかと指摘したのが、アメリカ合衆国の自然科学者グレゴリー・ベイトソン Gragory Bateson (1904-1980)でした。

 つまり、言語で表現されている内容と同時に、いわゆる言外の意味も運ばれている。言い換えるなら、量子テレポーテーション(quantum teleportation)によって、言語外の情報が届けられている。以前からお話ししているように、量子テレポーテーションは、量子もつれ(quantum entanglement)のひとつのあり方です。ベイトソンも、このような相反する2つの情報を子供に送り続けている母親がいて、その母親が子供をスキゾフレニア(統合失調症)に追い込んでいるのではないかと考えたわけです。

 この二重拘束は、日常生活のなかで頻繁に起こっています。例えば、会社での上司と部下の関係などもそうです。自分が気に入らない部下に優しい言葉をかけたり、気に入らない上司に好意的な言葉をかけたりするような場合、つまり言語と言語外の相反する情報を同時に送っている場合です。そうするとその言葉で表現された意味と、その人が言語外に込めているものとの乖離が起こります。受け取る側は言葉の意味を受け取ると同時に言葉でない情報も受け取っているわけです。

 これが私たちの日常生活のなかで起こっている量子テレポーテーションです。発声された言葉は、分節された音の連続です。つまりビット(bit)に置き換えることができます。ビットはコンピューター用語で、バイナリー・ディジット(binary digit)の略、つまり対になっている情報です。言葉は典型的なバイナリー・ディジットです。これを古典ビット(classical bit, Cbit)と呼びます。これに対して、量子ビット(quantum bit, Qbit)があります。量子ビットは、古典ビットのような0と1の組み合わせではなく、0と1の間のどのような値も取り得るようなビットです。量子テレポーテーションは、古典ビットを使って量子ビットを運ぶ情報伝達の様式です。

 量子もつれのもうひとつのあり方が、スーパーデンス・コーディング(superdens coding)です。日本語では「超高密度符号化」と訳されています。量子テレポーテーションが、古典2ビットが量子1ビットを運ぶのに対して、超高密度符号化では、量子1ビットが古典2ビットを運びます。

●量子テレポーテーション:Qbit/2Cbit → Qbit/2Cbit

●超高密度符号化:2Cbit/Qbit → 2Cbit/Qbit

 超高密度符号化は、量子テレポーションと比較して、膨大な情報を瞬時に運ぶことのできる情報伝達様式です。

 言ってみれば、量子ビットは、言葉では表現できない領域、誤解を恐れずに言えばアナログの領域です。例えば、ジェスチャー、顔の表情、仕草などがそうですね。量子ビットを使えば、古典ビットを大量に運ぶことができる。

 この代表的なものがアナログレコードです。LPとかEPとかありますね。その昔、アナログレコードの全盛期がありました、そしてまた今日アナログレコードの良さが再評価されています。いわゆるデジタル臭さを嫌うオーディオ愛好家が増えているのです。CDとアナログレコードの違いは、CDはあくまでも0と1の組み合わせで音声をデジタル化して運ぶ様式ですが、レコードは0と1の間の連続した値を運ぶ伝達様式です。つまり、アナログレコードで再生される音楽は、超高密度符号化で再生されていると考えられます。別の言い方をすれば、CDにはデジタル情報の制限があり、周波数の上限が20kHzでカットされていますが、アナログレコードには上限が設定されていません。つまりCDと比べてアナログレコードには遥かに多くの情報が含まれているわけです。ですから最近は若い人でもアナログレコードで音楽を聴きたい人が増えているのです。


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