公開セミネール 2020/2023 記録「セミネール断章」
意識・夢・幻覚のホログラフィック理論
Holographic Theory of Consciousness, Dreams and Hallucinations
オールフラットから多次元宇宙へ

2023年7月講義
講義:藤田博史(精神分析医)


セミネール断章 2023年7月16日講義より

第6講:幻覚のホログラフィック構造

第7講:意識・夢・幻覚の相互変換について



 たとえば皆さんの静脈に針を刺して、麻酔剤を点滴すると意識レベルが落ちるわけです。そうするとわたしたちが外部と信じているものが消えてしまう。つまり外部は外部ではなくて脳のなかで再構成されたものであることが分かる。つまり極論を言えば幻覚なのです。こういう幻覚を物理学ではホログラムと呼びます。つまり眠って見る夢も、起きているときの意識も、病的な幻覚も、その物理学的な立ち現れ方に注目すればすべてホログラムです。

 興味深いことに、起きている時の意識は、身体運動を利用して確認作業ができます。つまり、知覚から脳に運ばれた情報は、脳内の処理を受けて、あたかも外部にあるかのごとく投影されるために、身体運動たとえば手で触れて動かしたりすることで確認することができる訳です。フロイトは著書のなかでこのことに言及しています。現実見当識は運動によって再確認できるということです。しかしながら、よくよく考えてみると、夢のなかでも現実見当識は働いているのです。夢のなかで、たとえば布団をめくったり、何かを叩いたり触れたりすることができる。つまり、どういうことかというと、夢を中心に考えれば、わたしたちの覚醒時の意識もまた夢の一種なのだということに気づくのです。

 臨床に基づいた話をすれば、統合失調症や重症の鬱の人たちの場合、他者に見えないものが見えたり、他者に聞こえない声が聞こえると訴えてくることがあります。実はわたしたちが覚醒している時の「意識」自体もまた、単一のものではなく、夢の「意識」も同時進行していると考える方が自然です。つまり覚醒時にも夢の意識(ホログラム)がどこかに潜んでいる。実際、知覚されたもの以外の何ものかを感じたり、初対面の人に好意的な感じあるいは嫌悪感を抱いたりすることがあります。そこで、覚醒時の意識が前面に出てはいてもその背後に夢の意識が同時進行していると想定することで腑に落ちることが結構あります。つまり意識は単一ではなく複数のホログラムが重ね合わせとして成立していると考えるわけです。このような重ね合わせに気づかないのは、知覚からの刺激が優位だからです。それによって夢の意識は背後に控える形になってそれと知られない形で持続している。

 喩え話でいうと、昼間に空を見上げても星は見えませんが、本当は空の向こうで星は輝いているわけです。星がなくなっているわけではありません。太陽の光が優位となって星が見えないわけです。どこかで読んだ話ですが、本当に視力がいい人は昼間でも星が見えるらしいのです。アフリカの原住民のことだったと記憶していますが、晴れた空でも星が見えるというのです。つまり、そのような形で、わたしたちの意識と夢は重ね合わされているのであり、覚醒時の意識と夢の意識は同時進行しているのです。ただ夢の意識がそれと知られないのは覚醒時の意識と夢の意識の「強度 intensité」の差によると考えるのが自然でしょう。つまり覚醒時の意識の強度の方が夢の意識の強度より強いのです。

 ですから、その意識の強度が落ちる場合があります。たとえば交通事故で脳挫傷を起こした時、あるいはバルビツール系の睡眠剤を点滴で落とした時などは意識レベルが下がるのですが、意識レベルが下がると夢が姿を現わしてくる。いわゆる譫(せん)妄と呼ばれている状態です。本来見えないものが見えたり、夢が意識のなかに割り込んできたりする。このように意識と夢は交代しているというより同時進行していると考える方が自然です。つまり覚醒時には夢を夢として認識していないだけなんです。それと認識されていない夢も、実は無意識として覚醒時の意識に影響を与え続けているとも言えるでしょう。

 ですから、覚醒時の意識が消失して睡眠状態になると、今度は夢(の意識)が主役になる。覚醒時の意識が遮断されて夢が主役になるわけです。覚醒時の意識も夢の意識もホログラムである点においては変わりないのですが、夢のなかでは「現実吟味」を行っている覚醒時の意識は遮断され、夢の意識が現実吟味の役割を担う。つまり夢は現実として認識されるわけです。一方で、ある条件が整うと、夢のなかで夢だと意識できるときがある。このような夢意識は、精神病において自らが精神病であることを意識する「病識」と似ています。例えば幻覚を幻覚だと認識できるか、自分の妄想を妄想だと気づくことができるかは、現実見当識の働きにかかっています。

 おそらく病識というのは大脳の新皮質に与えられたひとつの機能である可能性があります。大脳の新皮質の機能が落ちている時つまり眠っている間は現実吟味が機能しない。フロイトの表現を借りれば、身体運動によってそこで生じている意識の確からしさを確認することができないことになります。つまり夢は、夢自身が夢であるかどうかを確認する意識と身体運動の連動が欠如しているので、夢を夢だと気づかない。夢をひとつの病的状態だとしたら、病気を病気だと気付かないということになります。これが意識が遮断されたときの夢の機能の特徴です。

 幻覚についてお話ししましょう。先日、狭山メンタルクリニックに新規で来院された患者さんについてお話しします。他のメンタルクリニックに通院していた10代の女性で診療情報提供書(紹介状)の診断名のところに「統合失調症」と書いてありました。そのクリニックの担当医が統合失調症だと判断した一番の理由は、無いはずのものが見えたり、話しかけてくる、という訴えがあったからです。患者によれば、担当医はその訴えを聞いてすぐに統合失調症と診断したようです。実際、統合失調症に投与する抗幻覚薬と強力な鎮静薬が処方されていました。しかしながら患者さんの幻覚に何ら薬の効果は認められませんでした。

 知っておかなければならないのは、重症のうつ状態でも幻覚が生じるのです。このことを知っている精神科医は意外と少ないのです。幻覚が生じていたら即統合失調症だと診断してしまう精神科医が少なくないのに驚くばかりです。とくに思春期における自閉症に併発した重症のうつ状態の患者が視覚領域の幻覚(幻視)と聴覚領域の幻覚(幻聴)の「双方の症状」を訴えることにしばしば遭遇します。背後に潜む自閉症(前頭葉の機能不全)に気づかないと、思春期で幻覚があれば慎重に吟味することなく統合失調症と診断してしまう医師が少なくありません。そして抗幻覚薬や強力な鎮静薬を投与してしまうのです。確かに統合失調症と診断せざるを得ない患者さんもいますが、現実は自閉症であるがゆえの生き辛さから重症の感情障害(単極もしくは双極)を発症して幻覚が生じる患者さんが相当数います。本当に基本中の基本ですが、自閉症に併発する幻覚が視覚領域の幻視を伴うことが多いのに対し、統合失調症の幻覚はその大部分が聴覚領域の幻覚だということです。