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公開セミネール 2019 記録「セミネール断章」

〈超自我〉新論

Essai pour une nouvelle théorie du "Surmoi"

数回のセッションで境界例・神経症・メランコリーを
治癒へ導く技法について

2019年5月講義
講義:藤田博史(精神分析医)

セミネール断章 2019年5月11日講義より

第5講:ホログラフィック理論と超自我 - 一期はホログラム、治療関係も然り



 精神医学における治療関係。それは苦しんでいるクライエントの自我が医師と治療契約を結び、医師は施した治療の対価を徴収するというものです。つまり医師と治療契約を結ぶのはクライエントの自我というわけです。 

 ところが、その契約関係に異議申立てをする心的領域がある。フロイトの用語を借りるならそれは超自我です。極めて頻繁に遭遇すること、それはクライエントの自我を苦しめている張本人が超自我である場合です。そうすると、クライエントの自我が治療者と治療契約を結ぶこと自体に抵抗する。つまり、自我を治療者から引き離そうとするか、難治性の症状を形成して治療に対抗するということが生じます。

 つまり、精神科に来たがために、症状がさらに悪化するあるいは遷延するということが起こる。これに対して、分析家は超自我に対して適切な方法でアプローチをする必要が生じる。ここで分析家がなすべきことは、超自我に耳を傾け、超自我が自我に対して発している「定言命法」を減弱させ、消滅させることを目論むことです。こう言って良ければ、そのために「超自我と治療関係を結ぶ」ことを目論むのです。ここで初めて、超自我に対して転移を操作し、分析家を対象とした超自我の転移を誘発させるのです。

 一般に、精神科の外来では症状に応じた薬剤が処方されます。つまり、一定の仮説に基づいて、脳内の神経伝達経路に何らかの変化を生じさせ、自我、エス、超自我の発生基盤を薬理学的に変質させて「見た目上」症状を緩和させたり、消失させたりするわけです。この場合、脳内のホメオスターシスは正常時のものからシフトした状態になります。

 脳も身体の一部ですから、ホメオスターシスがアンバランスになった時は、それを回復(快復)しようとする動きが生じます。これを「自然回復(快復)力」と呼ぶなら、向精神薬の投与によってこの力が阻害されてしまう可能性がある。ですから、昨今では、そのような阻害を引き起こさないように、精神分析的手法以外にも、向精神薬を使わない治療の研究もまた進んでいます。例えば、特殊な装置で頭部に磁気刺激を与えるr-TMS (repetitive Transcranial Magnetic Stimulation)という治療法がありますが、これは脳の特定の部位(扁桃体など)を活性化することでうつ症状などを改善させようとする試みです。約30パーセントの治療効果があるとされています。

 長年精神科の診療に携わっていて気づくことは、症状を引き起こしている張本人が超自我である場合にしばしば出会うということです。超自我が自我を苦しめ処罰している。そういう風景に頻繁に遭遇するのです。とくに躁鬱病やスキゾフレニア以外、 いわゆる神経症圏にあると考えられるクライエントの自我が苦しめられている症状のほとんどが超自我によって引き起こされているものです。躁鬱病ですら、罪責感、希死念慮など、神経症ほどではないにしても、その症状の半分以上が超自我の仕業であるように見えます。

 わたしの臨床的な感覚に基づいて申し上げるなら、神経症の症状形成の原因が超自我であるのはおそらく90%以上。躁鬱病の場合でも60~80%であるように見えます。
 そしてスキゾフレニアの場合でも、非常に面白いことに、面白いというと顰蹙を買ってしまいますが、スキゾフレニアも超自我が深く関与しています。感触的に半数以上6割から8割ぐらいですが、スキゾフレニアの場合は、超自我がエスと手を結んでいるのです。ですから、 こう言って良ければ、エスと結託して自我に迫ってくるのです。ここが神経症や躁鬱病と違うところです。スキゾフレニアは日本では統合失調症なんて原語から逸脱した妙な名前がついていますが、この病態はまさに超自我とエスが協力して自我に迫ってくる。

 躁鬱病では、先ほども触れたように、超自我が自我に対して定言命法で迫ってくる。一方、神経症もまた超自我が定言命法で自我に迫るのですが、その定言命法が自我の思考を迂回して外部に投影された形で迫ってくる。つまり症状という形をとって迫ってくる。たとえば暗闇から何かがやってくる(かもしれない)とか、鳥が怖いとか、昆虫が恐いとか、それら症状の背後には超自我が潜んでいるのです。

 それから、一番典型的と考えられるのはパニック障害と呼ばれている病態。不思議なことに、わたしが精神科医になりたての頃はパニック障害のクライエントはそれほど多くはありませんでした。それが近年になって加速度的に増えているのです。至るところでパニック障害。これは見方を変えるなら「パニック障害」というひとつの言葉がそれに相応しい症状を伴って増幅されてきているとも言えるでしょう。その言葉を耳にした人が次々と連鎖的にパニック障害になってゆく。パニック障害というカテゴリーがあることを知った途端に自分もパニック障害になる。

 パニック障害は、こんなことを言うと、十中八九懐疑的な反応が返ってきますが、然るべき分析的治療をおこなえば速やかに症状が消失します。つまり治ります。ところが一般の精神科外来ではなかなか治らない。薬を出してみたり、認知行動療法を適用してみたり、挙げ句の果てに精神科医は「難治性」だとか「時間がかかる」などというネガティヴな言葉を口にします。優しさを装う精神科医は、物分かりのいい振りをして、クライエントの話に耳を傾けますが、パニック障害では、そのような偽装的な優しさなど通用しない形で、超自我からの定言命法が行使される。ある特定の条件が整うと、超自我からの命令がやってくる。電車のなか、エレベーターのなか、人混みのなか、自力で危険を回避できないような状況下で命令が発せられる。そしてこの定言命法の究極形は「殺すぞ」「死なせるぞ」「死ぬぞ」という自我の死を示唆する命令が襲ってくる。

 このように自我にとって危機的な状況がパニック障害の一番根本にあるのです。にも拘わらず、この危機的な状況が超自我によって引き起こされていることを見抜けない。どう対処していいかわからない。だから挙げ句の果てにはパニック障害の治療が難しい云々といった諦念を口にする。昨日もテレビの報道番組でやっていましたが、そこでもやはりパニック障害治療の専門家と称する精神科医が現れて「パニック障害はなかなか治らない」といったことを平気で口にしている。そんな一種のネガティヴキャンペーン的な番組を大衆に向かって無自覚に放映するから、なおさら暗示にかかってますます治らなくなる。

 パニック障害治療の根幹は「あなたは殺されない」「あなたが死ぬことはない」というメッセージを、分析家が超自我的ポジションから、自我に対して、このフレーズ自体を口に出すことなく定言命法の形で伝えることです。パニック障害の治療は、同情することでもなく、やさしさを与えることでもない。定言命法には定言命法で対処する。症状を形成している定言命法の源泉は、超自我が構成される起源にまで遡ると、父の超自我であったり、祖父の超自我であったり、あるいはそれらに変わる人物の超自我であったりします。つまり、一般に言われているように、超自我の形成というのは、両親やそれに代わる「人物を」取り込むことではなく、それらの人物の「超自我を」取り込むことなのです。そして、これらの取り込みは意識外で生じます。つまり超自我は超自我へと情報を伝達するのです。こう言って良ければ、超自我の特性は遺伝するのです。そういう超自我のなかに潜むタナトスが自我に対して「死ね」という言葉となって迫ってくるのだということに留意しておかなければなりません。