公開セミネール 2017 記録「セミネール断章」
「量子論的精神分析の理論と技法
Theory & Technique of the Quantum Psychoanalysis
量子力学・超ひも理論・ホログラフィック原理


2017年6月講義
講義:藤田博史(精神分析医)


セミネール断章 2017年6月10日講義より


第6講:パニック障害を投薬なしで3〜6回のセッションで治癒させる理論と技法


 投薬なしで治療する、というのがわたしの基本姿勢です。いわゆるパニック障害もまた、薬を処方しないで治療することを心がけています。


 去年の10月に、30代のパニック障害の男性が初診でユーロクリニークに来られました。症状は典型的なものとそうでないものが併存しており、典型的なものとしては、電車に乗れない、エレベーターなどの狭い空間で不安や動悸が生じる、というもので、そうでないものとしては食堂で食事をしていると気分が悪くなって食べられなくなる、というものでした。前者の特徴としては、従来広場恐怖と呼ばれているものに類似しており、動悸、息切れ、目眩、頭痛などの自律神経症状が前面に出ていました。
 つまり「特定の場面」に置かれると自律神経症状が出現する。その特定の場面の特徴とは、何か体の異変が生じたときに、すぐにその場を立ち去ることができない、というものです。


 このクライアントは、大手自動車メーカーの工場で勤務している方でしたが、社員食堂のような広くて明るい部屋で食事が取れない、食べられない、あるいは複数の人間と一緒に食事をしようとすると気持ち悪くなってそれ以上食べることができなくなる、という症状に加えて、電車に乗れない、という典型的な症状がありました。本人の話では、5年間精神科にかかっており、 5~6種類の薬を5年間ずっと投与されているとのことでした。投薬の内容を確認すると、心身症のみならず精神病に投与されるような薬も処方されており、本人に内容を詳細に説明した後、漸減ではなく、本日から薬は飲まないようにと伝えました。


 1週間後に来院した時点で、前回のセッション以来精神科で処方されていた薬は飲んでいない旨を報告し、1回目のセッション以降、症状は殆ど出なくなったと表情良く語りました。その後、1週間ごとに30分のセッションをおこなった結果、4回のセッションで症状が消失しました。つまり、電車にも普通に乗ることができ、食堂でも普通に食事ができるようになったのです。


 1回目のセッションの時に、今夜から薬を飲まなくても大丈夫だと伝え、その後1(〜2)週間ごとに4回の精神分析セッションを行ったのですが、1週間後に来院した時には「先生、あの日の夜から薬は一切飲んでいません、あと食事もその一週間に上司に誘われて食事に行ったのですが、以前のような症状は出ませんでした」と語り、2回目のセッションの時には表情も初診時とは打って変わって穏やかになり、3回目のセッションの時には症状はなくなった旨の報告がありました。その間、薬はまったく飲んでおらず、3回目と4回目の間が2週間あいて、4回目に来た時は穏やかで症状に悩まされることもなくなっていました。したがって、このクライエントは4回で分析治療を終了しました。


 この一連の経過を普通の精神科医が聞いたら 「ええ!?」と思うことでしょう。「藤田先生、何か怪しいことやっているんじゃないの?」と疑う人もいるかもしれません(笑)。ところが、実際に行なっていることはとてもシンプルなのです。簡単に説明するとこういうことです。


 まずは、普通の精神科医の話をします。診療場面にパニック障害のクライアントが来たとします。量子もつれにより、治療者の心のなかにもパニック障害の心性が再構成されているはずなのですが、無意識的な過程なので、治療者自身の意識には上ってきません。治療者は内なる量子もつれに気がつかないわけです。そこで治療者のなかには「この患者どうやって治そう、、、」とか「ああ厄介なの来ちゃったぞ」といった形で心的な反応が生まれます。さらには「自分に治せるだろうか?」「果たして治るだろうか?」という自問、更には「このクライアントは治らないかもしれない。取り敢えず投薬して通わせよう。」という心理状態、つまり、クライアントの側にではなく、治療者の側に一種のパニック症状にも似た心的な変化が生じるのです。まずこのことが重要なポイントです。


 量子論的精神分析の基本にあるのは、以前から申し上げているように、治療者とクライアントの間で生じる量子テレポーテーションを活用するということです。治療者の身体全体とクライアントの身体全体とが、特殊な形での情報交換を行なっているという情報論的な量子力学の視点に立つことが重要です。その情報交換は原則として両者の意識には上ってきません。したがって、治療者が意識していないレベルもまたクライアントに伝わっているのだということをしっかり承知しておくことが必要になります。と同時に、クライアントの心のなかで生じていることは、治療者にも伝わっているのだということが治療の大前提になります。


 したがって量子論的精神分析技法の特徴は、クライアントの心を直接操作するのではなく、クライアントに対峙した治療者の心のなかに生じてくる心的な状態に対して治療を施すのです。そうすると治療者側の情報がクライエントに伝わってクライエントの心の状態が整う。大ざっぱに言えばそういう治療なのです。ですから従来型の治療技法や治療理論とはまったく異なります。従来型の治療技法と根本的に違うのは、治療者もクライエントも「どちらが治されどちらが治す」という一方的な関係ではなく、互いにフラット、むしろ自らの心的な状態を整えることで相手の心的状態が整うという相互作用的な考え方です。


 ですから、パニック障害も、その症状を出しているクライアントだけに起こっている事態ではなく、量子もつれによって、治療者のなかにもその状態が再構成されていると考えます。むしろ誰の心のなかにも、クライアントと同じ素質が十分にあると言った方が良いでしょう。更には、パニック障害だけではなく、スキゾフレニア、躁鬱、鬱病、神経症、恐怖症、不安障害などの基本的な心性は、誰の心のなかにもあらかじめ用意されている心的状態であることを十分承知しておかなければなりません。そのような症状が出ていない場合、それが無いのではなく、顕在化されていないだけだと考えるべきです。だからこそ治療者は治療効果を誘発できる。つまり症状を顕在化させているクライアントを前にすると、自分に潜在しているパニック障害的な部分、あるいは恐怖症的な部分が、それに呼応するわけです。ですからその呼応つまり自らの場所の量子もつれにどれだけ気づいているかということによって、治療者の姿勢が異なってくるわけです。そして殆どの治療者はこのことに対して無知です。


 そのような実践を続けて行くうちに、治療というのは、量子力学的には「情報交換」と「情報の書き換え」であることがわかってきます。つまり治療というのは情報交換の技法であり、情報交換の理論なのです。治療理論とは情報交換論に他ならないのです。更にいうと、情報は、古典的情報と量子論的情報の二つがあります。情報はデジタルな差異の集合組み合わせです。古典的な精神分析では語られる言葉の連鎖によって治療が進行してゆきますが、これを量子論的精神分析の用語に置き換えると、音声言語というデジタルな古典的情報、これはノイマン型コンピュータなどに代表される2ビットで構成される情報群です。ちなみにビット bitとは、binary digit(対のデジタル)の略ですね。


 一方、量子論的な情報は qbit(キュービット) と呼ばれます。量子もつれにおいては、2bitに対して1qbit が対応するのですが、この情報伝達の様式には大きく2つの様式があります。1つは古典的情報を qbit が運ぶ場合で、これを量子テレポーテーション quantum teleportetion と呼びます。これに対して qbit を古典的ビットに乗せて運ぶやり方があります。これをスーパーデンスコーディング superdense cording と呼びます。この2つが量子もつれ quantum entanglement の中身です。


 たとえばこの場に参加されている皆さんの間にも量子もつれが生じています。一人欠けても量子もつれの状態が違ってくるし、一人増えても量子もつれの状態が変わってくる。温度なども影響しますね。その量子もつれの状態をいかに治療者の内部で意識化させ、そしてその情報をいかにコントロールしてゆくかということがこの治療技法の要になります。


 ですから、量子論的精神分析技法というのは職人技みたいなものです。「先生、本に書けばいいではないですか!」とよくいわれるのですが、職人技って本で伝えられない部分を多く含んでいますね。ですからせめてこのセミネールでシャルコーのように症例提示などできれば良いのでしょうけど、それは量子もつれの観点からいって原理的に不可能なのです。


 治療者がこの量子論的な情報論を熟知していれば、クライアントが出している症状が、実はすでに治療者の心のなかに準備されていた情報と同等のものなのだということがわかってきます。そしてクライアントの心のなかのパニックに関する情報が、治療者のそれと量子もつれを生じた時にそれと気づけるようになってきます。そう、気づけるようになるのです。大変興味深いことですが、量子もつれが起こった瞬間を察知できるようになります。慣れてくると。逆に量子もつれが生じていない感じもわかるようになります。それはどういう方法によってかというと、実はこれこそが古典的精神分析でいうところの「転移」という現象なのです。


 つまり転移が生じていないクライアントに対しては、量子もつれも起こりにくい。量子もつれの感覚が生じないのです。ですからまず量子論的精神分析も、その入り口においては、転移が非常に重要な役割を果たしてくるわけです。古典的な意味での転移です。量子論的な表現をすれば、二つの量子状態がもつれを生じる契機です。このもつれが生じない限り、有効な治療関係は成立しない。ですから、何よりもまず治療関係に要請されるのは良好な転移、つまりスムーズな量子もつれが生じることなのです。


 ところが現実の精神医療の現場というのは、6分以内に外来診療を終わらせないと赤字になる仕組みになっている。次々とこなさなければならない外来診療のなかで、治療者には転移を操作するような余裕もないし、クライアントはクライアントで、まるで配給物を受け取るように「いつもの」薬をもらって帰ることができればそれで十分、という共犯関係が生じてしまっている。その結果、保険診療における無駄な投薬代は膨らみ、これと反比例するように症状はごまかせても病気自体は治らない方向に精神科医ークライアントの共犯関係が生じてゆく。今日の精神医療は、このような共犯関係のなかで、積極的に薬物依存を作り出しているかのように見えます。


 いずれにしても、治療現場においては最初の転移こそが治療全体を決定付けるといえます。おそらく治療全体の8割~9割はこの転移の操作の技法にかかっているといっても過言ではありません。