seminaire201705 of ユーロクリニーク文化部公式サイト

DSCN0800.jpg


公開セミネール 2017 記録「セミネール断章」
「量子論的精神分析の理論と技法
Theory & Technique of the Quantum Psychoanalysis
量子力学・超ひも理論・ホログラフィック原理

2017年5月講義
講義:藤田博史(精神分析医)

セミネール断章 2017年5月10日講義より

第5講:量子論的精神分析の治療技法


 前回は「量子論的精神分析の治療理論」のお話をしました。今回は実際にどのような技法を用いるのか、量子論的精神分析は従来の精神分析とどのように違うのか、そういった話をしようと思います。

 従来の精神分析をざっくり喩え話で説明すると、皆さんも幼少時におもちゃの類いを使って遊んだ思い出があると思うのですが、そういうおもちゃがおもちゃ箱にたくさん詰め込まれているとします。そこにどんなおもちゃが入っていたか確認するためには、おもちゃ箱のなかを探ったり、ひっくり返してみたりすると思います。そのような作業が、まあ、大ざっぱないい方をすると従来の精神分析の方法です。

 今まで思い出さなかったこと、心のなかに格納されていたもの、それらを意識のなかへ引き出して、それらを再認識することで症状の消失を図る。フロイトの仮説にそっていえば、格納されていたことやものに結びついている心的エネルギー(リビドー)を、それらを意識化することで開放させる。ものやことの記憶とリビドーの結びつきをリビドーの固着 fixation といいます。つまり、特定の対象(の記憶)に対してリビドーが固着していると考えるのです。そして、記憶の想起によって固着を解消しようというのが従来の精神分析技法です。基本的にはフロイトの発想です。つまり意識されることのない問題(の記憶)が心のなかに潜んでいて、意識のなかに上ってきてはいない。そしてその意識されていない記憶が、意識を経由することなく、意識化を免れる形で身体症状に転換されるて症状化されると考えるわけです。つまり、症状を形成している無意識の原因を、精神分析治療で意識化させることで症状が消えるという発想なのです。

 わたし自身は精神分析療法と同時に外科治療にも携わっているわけですが、外科治療に擬えるとすれば、記憶というおもちゃ箱をひっくり返すという作業は、傷口をぐちゃぐちゃにしておいて縫い合わせるような荒療治的なイメージになります。

 とても重要なことですが、理想的な治療、理想的な治癒というのは、本人が知らないうちに治ってしまうことです。この点においては従来の精神分析とは正反対といわなければなりません。従来の精神分析は、症状の原因に繋がる様々な記憶を、自由連想によって徐々に意識化させてゆき、症状を形成している無意識の記憶を意識の下に移行させ、固着したリビドーを開放させることによって症状の消失を図るというものです。一方、わたしが提唱している量子論的精神分析では、自由連想のような操作的な意識化を経ることなく、傷口が自然に治るように、本人が知らないうちに症状を消失させる技法です。つまり「いつの間にか症状がなくなっていた」という形になります。

 たとえば、風邪ひいていたけど、薬は飲まずに、健康管理に努めていたら知らないうちに治った、ということがありますよね。あるいはちょっと怪我して指が腫れていたけれど、知らないうちに治った、ということもあります。つまり自然治癒力によるものです。この自然治癒力は、実は身体的なものだけではなくて精神的なものにも当然あるわけです。

 マーラーという偉大な作曲家がいますけれども、晩年のマーラーは強い強迫症状や精神の不安定に苦しみ、フロイトの診察も受けています。マーラーの交響曲をお聴きになった方はご存じだと思いますが、最初から最後まで聴く側にも持続的な精神の緊張を強いられるような大きく激しい動きがあります。ものすごく揺れ動いて、このままだと精神が壊れてしまうのではないかと思えるくらい激しく揺れ動くのです。しかし、その大きな振幅は最終的に見事にまとまる。ですからマーラーの交響曲を聴いていると人の心は大きく揺さぶられたり、人によっては不安症状が誘発されてしまうこともありますが、そこにはまた「立て直す力」があるということが重要なのです。いってみればマーラーの交響曲に潜む自然治癒力です。つまり、このような自然治癒力をどこまで治療に応用できるかということが重要なポイントになるわけです。

 ここで従来の精神医学の治療現場を振り返ってみます。ご存じのように短時間に多くの患者を診察しなければならない精神医療の現場では、投薬による治療が中心になっています。不安を主訴としてきた患者には抗不安薬、不眠を主訴としてきた患者には睡眠薬、妄想や幻覚などの症状を主訴としてきた患者には抗精神病薬を処方する、といった具合です。何しろ6分以内に診察を終わらせなければ収支が赤字になるという悪しき保険診療の元にあるわけですから、ボランティア活動でもない限り、そうならざるを得ないわけです。結局、向精神薬の投与というのは、何をしているのかというと、自然治癒力の発現を妨げているのです。

 つまり薬で本来身体がもっているホメオスターシスのバランス・ポイントをシフトさせてしまっている。たとえば、不安障害、うつ、スキゾフレニアなどに広く用いられているレキソタン(ブロマゼパム)という薬は、脳のリラックス系神経受容体であるBZD受容体に結びついて不安を軽減してくれます。そういうようなものは、確かに強い不安が急激にやってきた場合は効果的ですが、いつまでも投与し続けることによって、心の自然治癒力の平衡がくずれてしまうのです。ですから基本的にはーー心ある精神科医はすでにやっていることですがーー、薬はできる限り出さないということがとても重要です。

 しかしならが、残念なことに、大多数の精神科医は、無闇な投薬は良くないと知りつつも、6分間では満足のゆく精神療法などできないと諦め、かつ薬を処方しなければ赤字になるので、伝家の宝刀である「仕方ない」という言い訳を心のなかで呟いて、薬を処方し続けています。そうして、幕内弁当式に、個々の症状に対する別々の薬を追加してゆきながら、3種類、4種類、5種類、、、と薬の種類も量も増えてゆくわけです。わたしが以前勤めていた精神病院では何十年も入院している患者さんがおられて薬も十数種類出ていました。これはもう、薬を飲むというより薬を食べるといった方がピッタリきます。こうして、薬によって、脳のなかのホメオスターシスが崩れ、バランス・ポイントがシフトして、それを「治ったことにする」「落ち着いていることにする」という医療がはびこっているわけです。

 これに対して量子論的精神分析技法では、本人も知らないうちに症状が消失する、つまり自然治癒を導くことができる。いじくらない、つまりおもちゃ箱をひっくり返さない、ひっくり返さないで、本人が知らないうちに治るということ、そのためには具体的にどのような技法があるのかということが今年のセミネールの主要なテーマです。