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公開セミネール 2017 記録「セミネール断章」
「量子論的精神分析の理論と技法
Theory & Technique of the Quantum Psychoanalysis
量子力学・超ひも理論・ホログラフィック原理

2017年4月講義
講義:藤田博史(精神分析医)

セミネール断章 2017年4月8日講義より

第4講:量子論的精神分析の治療理論


 早いもので、精神科医になって34年の歳月が流れました。この間に様々な症例に出遭い、様々な治療法を実践し、心の病に対する診療について考え続けてきました。

 薬物依存をつくり出すような誤った精神医療のなかで、時間も費用も浪費されていることにずっと心を痛めてきました。そして、現時点で思うことは、本物の「治る治療」には、実は費用もかからないし、手間もかからないし、薬も原則いらないということです。

 このセミネールでは量子論的な治療理論と治療技法についてお話をしてゆきますが、中身は、この34年の経験のなかで培われ、見出されてきたものです。一般の診療に携わっている精神科医には信じられないかもしれませんが、パニック障害などは重症の方でも数回のセッションで症状が軽快し、多くても10回以内のセッションで治癒することが殆どです。

 このセミネールの目的の一つは、そのような技法をできるだけ確かな形で皆さんにお伝えするということです。そのために、今日は技法を裏付ける理論のお話をします。そして次回は実践的技法の話になります。理論といってもそんなに難しいものではありません。ただし、一般の精神医学的な治療法と異なる点は、量子力学的な「観測問題」を前提としていることです。

 観測というのは observation のことです。物理学的事象のすべては observation から始まる。ただし、observation といっても、それぞれの分野で様々な用法があります。例えば、心理学や精神医学で用いられる observation は、常識の範囲内における「観察」という意味です。サリヴァンの「関与しながらの観察」の「観察」もその一つといえるでしょう。これはクライエントの心的な状況に共感しつつ『関与』し、同時にクライエントの諸症状を客観的に『観察』する、という治療者の二重の態度のことをいいます。つまり、精神科医というのは、クライエントの現在の症状等を記述するだけでは駄目でその生活のなかに関与してゆきなさい、という教えなのです。そして、その関与の仕方に「人間学的な」というような枕詞がついたりします。しかし、よく考えてみれば「関与しながら観察する」という態度は、ある意味、今風の表現を使うと「上から目線」なわけで、「わたしは治療者ですよ」「意図的にあなたに関わり、観察していますよ」という姿勢なのです。そうではなく「Observer is always observed.」ということに気づかなければなりません。 つまり「観察者は常に観察されている」ということ、これが非常に重要なことなのです。しかもこれは物理学的な意味でそうなのです。つまり「観測者は常に観測されている」のです。このような場合には「観察」という訳語を用いないで「観測」という用語を充てます。正確な英語にするのであれば、定冠詞をつけて「The observer is always observed.」とした方が良いように思われるでしょうが、わざと定冠詞をつけないで書きました。できればその理由を考えてみて下さい。

 わたしの個人的な体験なのですが、高校三年生の時に、通信添削の「Z会」をやっていた時の話をします。Z会の答案用紙の返信には回答期限があって、締切日までに答案を書いて返送しなければなりません。そして次の会報が送られてくると、そこに自分の得点と全国順位が出ているのです。わたしはいつも締め切りに遅れて提出していたので、全国順位に載ったことはないのですが、ある時、戻ってきた答案用紙に、当時のわたしにとっては衝撃的なアドバイスが赤ペンで書かれていたのです。ご存じの方もおられると思いますが、Z会の答案用紙には、一番最後に好きなことが書ける欄があるのですが、わたしはその答案用紙に「人間の探求してゆく道は二つあると思います。一つは心のなかに深く入り込んでいって、その秘密や謎を解き明かしてゆく道、もう一つは宇宙の謎を解き明かす道があると思います。」と書いたのです。そうしたら、戻ってきた解答用紙に赤ペンで「もう一つ道があると思います。それは生きた瞬間を生きる道です。Observer is observed なのです。」と書かれていたのです。そのZ会の添削者の言葉は、深くわたしの胸に突き刺さり、今日に至るまで影響を及ぼし続けています。つまり、この observe という英語は、単に観察という意味を超えて、観測する主体の状態そのものも含んだいい方だったのだということに気づいたのです。

 あらゆる生物、もう少し限定していうと、動物と植物の動物の場合。動物はレベルの違いこそあれ外界を認識し生き延びてゆくために「知覚」と「意識」が備わっています。「観測」にはこの二つが関与するわけですが、量子力学では「観測した瞬間に初めて物理的な状態が一義的に定まる」と考えられています。これは量子力学の最も根本的な考え方です。逆にいえば「観測されない物理現象は非決定のままである」ということです。つまり、観測者が観測した瞬間に物理状態が一義的に定まるのです。量子力学ではこれを「波束の収斂」といいます。収斂は reduction の訳です。この場合、わざと「波束」といういい方をしています。というのも、さまざまな波長、さまざまな振動数の波の合成によって宇宙が構成されているという前提があり、観測者が観測しない限り、それらは振動し続けているからなのです。つまり宇宙は、観測されない限り、非決定のまま、可能性のまま、というわけです。そこへ観測者が関わってくると波束が収斂して事象が一義的に定まる。

 未だ量子力学の手前にいる人にとっては、なかなかイメージしづらいと思うのですが、観測者が観測した瞬間に物理状態が一義的に定まるのです。ですから世界は観測する観測者の数だけあるということになります。ただ、これと混同してはならないのは、独我論や現象学が導入しているような思考図式です。「自我があるからこその世界」とか「意識は常になにものかについての意識」とか「意識が志向することでそのものがそこに立ち現れる」というような一方向ベクトル的な思考図式とは明確に区別されなければなりません。そうではなく、宇宙を構成している波動関数というレベルで、様々な波束が非決定のまま振動しているところへ、観測者が観測することによって波束が一義的に収斂するのです。波動関数というのは、いうまでもなく「シュレディンガー方程式」のことです。

 宇宙を構成している波動は、すべてこのシュレディンガー方程式に従っています。つまりすべての物理現象はつまるところ波動であり、観測によって収斂して一義的に物理状態が定まる。だから観測者によって物理状態は異なってくる。しかしながら、一方で人間を染色体数が一定の一種のクローンと考えれば、おそらく自分が収斂させている物理状態は他の人でも同じだろうと想定することもできる。そういえば、日本中の桜は一つのソメイヨシノのクローンですよね。同じクローン同士でおそらく観測の仕方がある程度同じだろうという推測はできなくもない。たとえば、その辺にいるカラスの意識について考えてみた時、カラスが観測している世界は、わたしたちがこうやって観測している世界とはまったく異なる波動の収斂のさせ方をしているはずです。さらにいえば、たとえば温度と光しか判別できない生物だと、温度と光の組み合わせだけで世界が再構成されている。つまり波動関数はその知覚ー意識の様式によって個々に収斂している。

 以上のようなことを診療の場面に置き換えて考えてみると次のようになるでしょう。まず、診察室にクライエントが入ってきます。治療者は、精神科医であり、それなりの経験も積んできている。すると、クライエントを前にして、現症を確認し、診断や治療について一定の方針を立てるということをするでしょう。そして、頭のなかにあるレシピから適切な治療法を選択する。たとえば次のような訴えの場合について考えてみます。「先生、電車に乗れないんです、電車に乗っているとドキドキしてきて、気分が悪くなって、降りないと苦しくなるんです。もう最近は電車に乗れないので、会社の通勤も車で行っています。」といった訴えです。いわゆるパニック障害の症状を想起させます。従来型の診療ですと、ああ、パニック障害か、じゃあ、抗鬱剤を処方することにしよう、夜も眠れないなら睡眠剤も処方しよう、といった感じで多剤処方になり、保険点数も跳ね上がる。しかし、それでは、一時的に症状をごまかすことはできても、スッキリ治癒させることは難しい。むしろ、このような治療姿勢は向精神薬に対する依存を作ってしまう。

 一方、わたしがおこなっている診療についてお話ししてみます。まずは、診察室にクライエントが入室して来るわけですが、その瞬間に、わたしの観測領域のなかに新たな観測対象が入って来るわけです。その瞬間、その場の量子状態が一義的に定まる。と同時に、診察室に入ってきたクライエントにとってみれば、そのクライエントの世界のなかで波束が収斂する。つまり「互いに観測しつつ観測される」という状況が生じるのです。セラピストの世界のなかにクライエントの状態が収斂され、それと同時にクライエントの世界のなかにセラピストの状態が収斂される。これが「Observer is observed.」 の意味です。ここで起こっていることは波動の干渉です。つまり、セラピストークライエント間で「量子もつれ」が生じているのです。