セミネール断章 2014年10月11日講義より
講義の流れ〜第10回講義(3時間)の内容の流れを項目に分けて箇条書きにしました。今回、「セミネール断章」で取り上げているのは、水色の部分です〜
第10講:「量子論的精神分析の思考法と臨床技法」
存在論的倫理的立場→献身について→考え方のプロセスの展開→哲学することと男性的欲望→ファルス享楽と大文字の他者の享楽→日本の学者の学問形成→日本人と同一化→量子論で発想された思考様式→quelque chose de neuf→無意識の扉を開けたまま話すこと→フーリエ変換→常識は虚数をイメージすることができない→フーリエ変換と二次元情報→量子状態としての脳の機能→ホログラフィック化とブラックホール→仮象とオールフラット→精神分析の目的→アクセルとブレーキと精神病→時空化と精神病→時空の中に原因を探す→二次元情報と脳科学的思考→ネガティブなフィードバックとポジティブなフィードバック→フランシスコ・ザビエルの位置→歩き方と堂々巡り→転回について→種まくことと jouissance phallique →セミネールの語源→ユダのポジション→純粋なものは結晶化しない→フーリエ変換と暫定的なホログラフィック化→数学の方がフレキシブル→来歴否認→真理愛について→快と不快→治療者の必要条件→弱い観測と思考の様式→xyとxxの身体の在り方→基本情報の違い→フラットとnéantisation→弱い観測とオールフラット→自己治癒能力→幻聴は自己治癒能力のひとつ→外へ押し出す力→妄想知覚と二項関係→CA2の機能とフーリエ変換の機能→心の健康→巻き込まれていること→コルチゾールと低酸素状態→ミトコンドリアと活性酸素→ビタミンCとビタミンE→アスタキサンチンの効果
フーリエ変換と二次元情報
以前は興味深く読んだミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ジャック・ラカン、あるいはマルチン・ハイデッガーといった20世紀を代表する思想家の著作も、残念なことに、今のわたしには、いずれの思想にも大きな見落としがあると思えてなりません。それはどういうことでしょうか。まず最初に言えることは、彼らはこの宇宙を構成している物理学的な基盤について無頓着であるということです。たとえば現代宇宙物理学のホログラフィック理論に準拠して彼らの思索について考えてみると、二次元情報がフーリエ変換的に時空化された虚構としての「世界」のなかで、つまり様々な光、形、色、意味、価値が、実在や事実のような様相を呈つつ氾濫する「世界」のなかで、懸命に、そこに潜む様式や、原理や、真理を見出そうとしているのです。
そうではありません。たとえば思考するわたしたちの身体を構成する情報は、あらかじめ遺伝子のなかに組み込まれていますが、この遺伝子じたいは宇宙レベルで言うと、基本的な二次元情報がホログラフィック化された構造の一部と考えられます。つまり、わたしたちの身体は、宇宙のなかにインプリケート、畳み込まれている、とある二次元情報の時空化の時空化、つまり二重の時空化として構成されていると考えるのです。
したがって、すでに時空化された空間として生じている幻影について、幻影が思索しているという、同一時空内における自己言及的、逆説的な関係性が生じており、このような領域ではすべてが相対的となるために、その真偽とは無関係に「どんなことでも言える」論理構造になっています。実は情報の次元から見れば、エントロピーも含めて、時空化されるときに派生する一切の付随現象は文字通り「無意味 non-sens」「無性質 non-quality」であり、幻影の側から言えば、幻影そのものを創り出している基本情報に言及するためには、経験や内省に依拠する直感的な思考法ではなく、虚数を含む波動関数及びフーリエ変換のような数学的な操作が必要になってきます。
すると鋭い人はここでこう質問するはずです。「なぜ二次元情報が時空化されているのですか?」「なぜ二次元情報のままで留まっていないのですか?」と。これに対する回答はこうです。つまり、二次元情報のなかにはすでに時空化の情報そのものが組み込まれているのだ、と。これは遺伝子情報に基づいて、RNAによってアミノ酸、タンパク質が合成され、立体的な身体を作ってゆく際に、遺伝子情報という二次元情報のなかに、すでに二次元情報が三次元化するためのプログラムが組み込まれていることに似ています。
量子状態としての脳の機能
ここまで来ると、先に挙げたような既存の思想のなかにその答えを見つけるのは困難です。答えを与えてくれるのはもはや哲学的な思想でも、従来型の精神分析でもなく、虚数や波動を導入することのできる数学の言語なのです。そして今述べている二次元情報のホログラフィック化について重要なのはシュレーディンガー方程式やフーリエ変換なのです。
ではなぜフーリエ変換が重要なのでしょうか。それは、すでに時空化されている世界の虚構性について明らかにするためには、フーリエ変換のような周波数に着目した積分=時空化の操作が必要になってくるからです。そしてさらにいうなら、その逆の操作、つまり逆フーリエ変換も必要です。そして、そのような変換の機能こそが、量子状態としての脳の機能なのです。
脳の機能について考えるときに、わたしたちは電気回路のような、神経細胞が連絡して創り出しているネットワークのようなものを思い浮かべます。これはこれで間違いではありませんが、脳はノイマン型コンピュータのような働きをしているのではなく、むしろ量子コンピュータ的な働きをしていると考えるのです。そこで生じているのは、量子重ね合わせや量子もつれのような、部分と全体が常に連動しているような状態なのです。つまり、脳は変動し続ける量子状態として機能していると考えるわけです。脳がおこなっているのは、電気回路のような単純な回路を構成しているわけでもないし、条件反射の集積のようなものでもありません。そうではなく、脳は特殊なフーリエ変換装置として機能しているのです。すなわち、知覚に与えられた与件を、二次元情報化し(逆フーリエ変換)、情報として保持し(記憶)、情報を時空化(フーリエ変換)して意識へと変換している。さらにいうなら、時空化された意識情報は、知覚に再入力されて、さらに多重な時空が形成されてゆく。
少し考えてみるとわかることですが、脳のなかに保持されている記憶情報は決して立体的なものではありません。立体だったらこの頭蓋骨のなかに収まるはずがない。大きな建物が収まるはずがない、頭のなかに自動車が収まるはずがない(笑)。知覚に与えられた与件が、二次元情報に変換されて保持されており、この二次元情報がホログラフィック化されることによって、わたしたちはこの広大な宇宙について思索することが可能になっています。つまり脳そのものがホログラフィック化の装置なわけです。だからこそ、宇宙の向こうの何億光年みたいなことの話もできるわけです。
わたしたちは、奥行きもあって、時間の経過もあって、色もあって、音もあって、無数に煌めく飾り付けだらけの空間のなかで生きていますが、特定のトレーニングを重ねると、実はそれらは全て幻影だと考えることができるようになります。現実とは、すべて映画館のスクリーンの上に映し出された巧みな画像、立体画像なんだということがわかるようになります。
それでもなおこんな風に主張する人がいるでしょう。つまり 「机をこのように叩いたら、ちゃんとこういう抵抗があるじゃないですか、つまりここには明らかに物質がありますよね」と。しかしながら、例えば夢のなかで机を叩いた場合にも、ちゃんと抵抗を感じるのです。これについては、皆さん、夢のなかで机を叩いてみてください。夢のなかで叩いた机は抵抗があるのです。そういうことなのですね。つまりわたしたちの物理世界、あるいは精神が作り出している世界は、基本的な二次元情報が変換されることによって構成されているということです。これは、フーリエ変換が起こっているとは言わないけれど、フーリエ変換的なことが起こっている。
ホログラフィック化とブラックホール
抽象的な言い方をすればホログラフィック化が生じているのです。つまり二次元情報としてのホログラムが、ホログラフィック化されてわれわれの時空というホログラフを構成している。そのホログラフのなかには色々な法則が渦巻いています。ニュートンの法則も成り立つだろうし、アインシュタインの相対性理論も成り立つだろうし、色々な法則が成り立つでしょう。でも結局のところはこの変換されてしまった世界のなかで、わたしたちは真理を見出そうとしていたり、法則を探そうとしていたりするけれど、そうではなく、そういう時空全体を成り立たせている仕組みは何なのかと考える事が重要で、そのことに思い至ると脳そのものがホログラフィック化の装置なのだということに気がつく。つまり脳のなかにこの空間の時空の様式がインプリケートされているのですね、折り畳まれている。
その脳をつくり出したのは、個体発生を辿ってゆくと、いうまでもなく精子と卵子です。そのなかに出来上がったわたしたちの身体情報の全てが含まれているわけです。つまり受精から無数の細胞分裂を経て成人の心身になること。この現在の身体を作り出していく過程そのものがホログラフィックな過程なわけです。
そのなかで、ホログラフィック化するための遺伝子情報も二次元情報として既に畳み込まれているわけです。これはもう生命の謎というより宇宙そのものの謎です。したがって、宇宙そのものの一番根本的な部分というのは、映画館の映写機のフィルムのような形で宇宙のどこかにあるはずだ、と考えてみたくもなります。
そこで一番わたしたちの目につきやすいのはブラックホールです。ブラックホールこそが宇宙の全情報が畳み込まれている場所ではないだろうかと夢想したりしています。
仮象とオールフラット
ですから、目眩く意味や価値や色や音、欲動、欲望、喜怒哀楽、生、死、等々で満ち溢れている世界そのものが、昔のドイツ哲学の言葉で言うところの Schein、つまり仮象だとしたら、その仮象の構造について調べるのは確かに楽しいことでしょうし、取り敢えずの結論は得られるかもしれませんが、さらに突き詰めてくと、やはり訳がわからなくなる。いってみれば、光が粒子なのか波動なのかわからなくなるような水準になってしまう。言ってみれば、それが仮象が成せる業なのです。
ここで重要なのは、すべてが実は仮象であるということに気づいていることです。これがわたしが以前から言っている「オールフラット」という心的なポジションを生み出す契機となります。オールフラットのフラットには二次元 dimension 2 という意味があります。つまりわたしたちの目の前で、自分の身体も含めて、自分の脳の活動も含めて、実はそれらすべてがフラットな情報の時空化されたものなのだということをどこかで知っている、ということです。
このオールフラットの水準では欲動も欲望も消滅します。あらゆる価値の差が消滅します。厳密には、消滅するというよりも、あらゆる価値の差が二次元情報へ還元(リダクション)されるのです。つまり単なる情報に還元されてしまうのです。ですから静かに平然としていられる。
精神分析の目的
フロイトの古典的な精神分析においては、精神分析の目的は、とか、精神分析に終わりがあるのか、とか、そういう問いかけが過去に沢山なされてきたのですが、それらは結局のところ、既に時空化された無数の価値のなかで、様々なものの見方を披露してきたに過ぎません。
では、精神分析が最終的に到達する水準とは何でしょうか。実は、精神分析という用語も、すでに今のわたしが立っている立場を包含できなくなっているのですが、要するにオールフラットな水準に達することです。オールフラットな水準にクライエントが到達すれば、恐怖も不安も異常もその意味を失ってしまいます。
アクセルとブレーキと精神病
スキゾフレニアのクライエントと接していて常々思うことがあります。それは思考の様式という問題についてです。人間の思考の様式には、たとえば車を運転する時と同じで、アクセルとブレーキがあるのです。
わたしたちは、思考を制御しながら、アクセスを踏んだり緩めたり、ブレーキを踏んだり緩めたりして、現実の世界を生きているわけですが、そういうアクセスの利き方や、ブレーキの利き方に異常をきたすことがあります。
たとえば、運転する自分は正常でも、前に車が突然現れてきた。ブレーキを踏んだのだが利かなくて追突してしまったということが起こり得ます。実はそれがスキゾフレニアで起こっていることであると考えています。言い換えれば、調節(レギュレーション)の異常が生じている。ですから、スキゾフレニアの当人自体も慌ててしまいます。つまり自分としてはちゃんとブレーキを踏んでいるつもりなのに車が止まらないのです。
アクセルを踏んでいるのに加速しなかったり、逆にアクセルを踏んでいないのに車が勝手に加速したりするような状態です。要するに脳を含めた身体が自分のコントロール下に置かれにくくなってしまうような状態。わたしはそれがスキゾフレニアの基本的な病理であると考えています。
これは実はスキゾフレニアだけではなくて、デプレッションと言われているものもそうです。あるいは別のアクセルを持ってきてふかしてしまったりするのがサヴァン症候群、アスペルガー症候群などのいわゆる自閉症スペクトラムのなかに診断されている人たち。
でも自閉症スペクトラムの人たちは自分のアクセルやブレーキが壊れていることをあらかじめ認識しているので、予備のブレーキやアクセルを使う。予備のブレーキやアクセルというのは、右の脳から持ってこられるので、右の脳のアクセルやブレーキの利き方というのは左の脳と違うのですよ。
ですから、精神分析に収まりきれないのかもしれませんが、わたしたちの精神活動や脳の活動について考える時は、根底には二次元情報のホログラフィック化があるということを知っておく必要があります。
そうすると、生じてしまった時空のなかで、直面している問題に対して、適切な処理の仕方が見えてきます。つまり、生じてしまった時空のなかに原因を探して治る問題もあれば、時空化される時に生じている問題もあるわけです。時空化する時に生じている問題は二次元情報自体を操作してやらない限りは、時空化されたものをいくら操作しても、それはもう既に結果のなかだけなので操作し得ないということになります。
時空化と精神病
では時空化される時に生じている問題とは何でしょうか。たとえば、スキゾフレニアにおいては、おそらく既に構成されてしまった時空のなかに原因があるのではなくて、時空化される過程に原因がある。あとは自閉症もそうでしょうね、おそらく、自閉症、サヴァン症候群、アスペルガー症候群、カナー症候群などもそうだと思います。
しかしながら、殆どの医師は、既に構成された時空のなかに、病気の原因を見出そうと努力を重ねています。しかし見つからない。当り前です。そこには原因がないからです。二次元情報のなかに原因を探ることが必要ですが、そこで必要になってくるのが脳科学と宇宙物理学です。ここでこのセミネールの重要テーマへと繋がってゆきます。すなわち、二次元情報の時空化の機能を担っているのは大脳辺縁系、そのなかでも海馬がその機能を担っていると考えられます。
その理由のひとつは、海馬の特殊な組織学的構造に拠っています。つまり海馬においては、アウトプットが再びインプットに戻される、ということが生じていることが挙げられます。一種のフィードバックです。
フィードバックにはネガティヴなものとポジティブなものがあります。ネガティヴ・フィードバックはブレーキ、ポジティヴ・フィードバックはアクセルに相当します。そしてそのようなフィードバックが生じるためには、アウトプットがインプットされていなければなりません。アウトプットオンリーやインプットオンリーでは駄目なのです。アウトプットとインプットが照合関係に置かれること、これが心的装置を考える上で一番重要なポイントです。