⭐️図解 基礎からの精神分析理論⭐️
基礎編 〜フロイト/ラカン理論を藤田理論から読み解く〜
Leçon7 アブジェクシオンと第三項排除効果




榊山裕子




先回の基礎編Leçon6「象徴界の構造とアブジェクシオン(2)」
第三項(象徴的ファルス Φ)
象徴平面の上方に排除されること
また
その「上方排除」に先んじて
「ーφ moins petit phi」
(想像的ファルスの欠如の心像、子にとっての鏡像、
母の場所に欠如するファルス)が
下方排除されること、それは「アブジェクシオン abjection」
とも呼ばれることを示した。


この第三項の排除に「第三項排除効果」という名称を与えた
今村仁司(社会思想史)についてはLeçon5で簡単に触れたが
今回はあらためてその理論を確認しておきたい。

精神分析で「象徴的ファルス」「真理」などと呼ばれる
「第三項」を今村仁司は『排除の構造』(1989)において
「貨幣」として考察した。
また「第三項排除効果」は人類学の用語を借りるならば
「スケープゴート効果」であると指摘した。

 私の命名にかかる「第三項排除」の社会的論理は、人類学の用語を借りて言えば、ブク・エミッセール(またはスケープゴート効果)とも言い換えられる(今村仁司「第三項排除効果『排除の構造』)

スケープゴートとは「生贄の山羊」のことである。
 一つの共同体が
任意に選ばれた「犠牲」としての「生贄の山羊」に憎悪を向け
それを全員一致で排除すること
そのことによってその共同体が結束を強めること
このメカニズムをスケープゴート理論として
理論化した20世紀フランスの思想家ルネ・ジラールは
以下のように述べている。

「ライヴァル全員が欲する対象物に関しては意見が一致することなどあり得ませんが、これに反し、全員が憎んでいる犠牲者に対してなら容易に一致が見出せるのです」(ルネ・ジラール『文化の起源 人類と十字架』)

この排除の動的な構造に
「第三項排除効果」という「一般的な名称」を
与えたのが今村仁司である。


藤田博史は「アブジェクシオンを超えて」のなかで

 現代日本を代表する思想家の一人である今村仁司氏は、この動的な構造の成立条件を論理的に抽出し「第三項排除効果」という一般的な名称を与えた。これは従来の「意味論を巻き込んだ構造生成論」から意味部分を削ぎ落とすことによって、構造そのものの論理的骨格を簡潔に明示し得たすぐれた研究である。今村氏によればアブジェクシオンは経済学的には秩序外に第三項をたたき出そうとする下方排除に相当する。(藤田博史「アブジェクシオンを超えて」『人間という症候』)



と記し、今村仁司の下の図を紹介している。





一方、今村仁司はこの図を
「第三項排除効果」(『排除の構造」1985年)の中で示し
次のように書いている。

 下方排除は、理論上は「内なる外」であるが、日常経験に沿って言えば、抑圧・差別の現象とひとつである。第三項排除とは、任意の誰か(ユニック性をもつ個人ないし集団)を周縁的存在にするだけでなく、しばしば秩序外にたたき出しさえする。下方排除とは、アブジェクシオン(abjection)である。(今村仁司「第三項排除効果」『排除の構造』)



 下方排除の図は精神分析では
下記の図のA(構造面、大文字の他者)とーφの関係に相当する。



 さらにこの排除を上方に向けて行うのが「上方排除」である


 Leçon5の最後に
順序としては、下方排除、すなわちアブジェクシオンが上方排除に先立つ」
と記したが、精神分析においてこれは
「想像界のいわば部分追放である下方排除(アブジェクシオン)を経た後に原抑圧が作動して象徴界の要たるΦが上方排除される」(藤田博史)ことを指す


すなわちLeçon6で示したように
下方に排除されるのは
「ーφ moins petit phi」
(想像的ファルスの欠如の心像、子にとっての鏡像、母の場所に欠如するファルス)であり
この下方排除は「アブジェクシオン abjection」
と呼ばれ
これは今村仁司の「下方排除」の図の
逆三角形の部分に相当する。


この平面は「構造面」とも呼ばれるが




 ここであらためて確認しておくべきは
精神分析における「第三項」は
同一平面上に三つの項が互いに関係しあっているものとして
イメージされるような「三項関係」ではないということである。


 「第三項」は、下方もしくは上方に「排除」されており
「構造面」にはない。
このことは上記の図から視覚的にあらためて確認される。




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応用編


2003年12月の公開セミネールでは
藤田博史は次のような図を用いて
スケープゴート理論を説明した。





その上で
2001年9.11以降の当時のテロリズムの構造を
下記のような図で説明していた。




ここでは当時のフリーペーパー版「セミネール通信」(2004年4月号)
の「セミネール断章」より
次の一節を引用しておく。

 ではテロリズムはどうやって起こっているかというと・・・欲望のせめぎあいはこの平面(構造面)で起こっていますが、ここ(構造面)にテロリストがいるとします、そうしたらここ(上方もしくは下方)から指令がくるわけでしょう、で、バーンと爆発してしまうわけです、自爆、なにかというと・・・構造を破壊しているわけです。どうして破壊する力があるかというと、具体的に現われたテロリストの背後には、構造そのものを支えている、要するに構造から排除された位相があるからなのです。つまりテロリストを根絶するということは、構造そのものをなくすということぐらい不可能なことなのです。ブッシュはおそらく自分はここ(上方)にいると思っているのですが・・・違う・・・ここ(構造面)です。構造面にあるものが構造外のものを根本的にたたき出すことはできない。つまりテロは永遠に終わらないということです。(講義 藤田博史「セミネール断章」『セミネール通信2004年4月号



2016.11