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⭐️図解 基礎からの精神分析理論⭐️
基礎編 〜フロイト/ラカン理論を藤田理論から読み解く〜
はじめに

榊山裕子

はじめに

1)この連載の目的

 今月(2015年11月)号から『セミネール通信』ひさびさの新連載を開始することにする。この連載の目的は、基礎からの精神分析を、精神分析医・藤田博史の著書および公開セミネールの記録を用いて、体系的にわかりやすく提示することにある。

 この連載の具体的な目的は、公開セミネールに初めて参加する人に役立つ導入用の参考書を作ることである。この公開セミネールの特徴の一つとして、図や式による説明が多いことが挙げられる。これは藤田氏の著書の特徴でもあり、これが公開セミネールにおいて精神分析理論の理解を促進するために重要な役割を果たしてきた。

 しかし人によっては、こうした図や式はかえってとっつきにくいようにも見えた。なぜなら、物理学や数学の数式を理解するように、あるいは見知らぬ外国語の基本単語や基本文法を理解するように、一番最初の段階で、その表現形式の基本を学ばなければならないからである。とりわけ言葉には長けていても数式を読み解くことには不得手感をもっている文系の人のなかにこうした傾向が見られたことは、著者自身も典型的な文系人間であるためによく理解できることでもあったが、だからこそ、それをもったいないとも思った次第である。なぜなら精神分析理論にとって必要な図式はそれほど多いわけではないにもかかわらず、適切な導入用の参考書がないために、これらの図式を理解するには、相当の精神分析についての体系的な理解と知の蓄積が必要になってくるからである。つまりそれはまだ地図ができていないほぼ未踏の地を知の冒険家が目的地を目指して歩くようなものだったからである。

 すなわちそれは公開セミネールに参加しはじめたばかりの人にとっても、その知識を早急に具体的に必要としている人にとっても、限られた時間での体系的な理解は困難であるということである。たとえば筆者が研究してきた芸術批評やジェンダー論においても、精神分析の知はさまざまなテクストに反映されており、そこでもしばしば図や式が重要な役割を果たしている。たとえばポストフェミニズムにおけるラカンの性別化の式、美術批評における「透視図のひっくり返された使用法」の図などはその代表的なものであるが、限られた知識での体系的な理解はなかなか困難であった。

 しかしそれらは、最初にいくつかの図式を理解しておけば、はるかに容易に理解可能なのである。実は藤田博史の1990年代の著書には、すでにこうした理解を促進するための地図ともいうべき図や式が仕込まれていた。先に道を見つけたものが後進のために地図を作る。その営為によって次に進む人は迷わずに道を歩んでいくことができる。それが知の進歩であるし、そういう便利な地図を使わない手はない。しかし初学者にとっては、最初のハードルが意外に高いようにも見える。それは言葉による説明に頼るのではなく、たとえるならば、まず地図の読み方を学ばなければならないからだ。しかしその最初の一歩さえ乗り越えればその先に広い地平が見えてくるものなのであり、この連載は微力ながらその最初の小さなハードルを越えるためのささやかな踏み台となることを願うものである。

 なお、ここでいう「図解」とは、この国の入門書にしばしば見られるような漫画やイラストを用いて目先のわかりやすさを狙うようなものではない。つまりなんとなく読み飛ばせるわかりやすさではない。むしろ数学の数式を覚えるのに近いが、最初にその「数式」を覚える手間さえ惜しまなければ、さまざまな場面で応用が利く。この連載では、藤田氏の精神分析理論のこの「図解」という側面にとりわけ着目した

2)なぜ図解にこだわるのか?

 さて、なぜ図解にこだわるのか、あらためて具体例を挙げて概括的に説明する。「図解」にこだわるのはただ単に藤田理論に図解が多いからではなく、図や式を用いることによって公開セミネールやゼミでの精神分析の理解が促進されると考えるからである。そのなかでも最も重要なのは下の「ファンタスムの式」である。これは藤田博史の公開セミネールの前に行われた最初のセミネール「人形愛のセミネール」(2002年5月〜)でも最初に取り上げられていた。

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 これは「斜線を引かれた主体」が「対象a」を求めることを示した式であり、この式を分解すると次のファンタスムの構造(1)の図式が得られる。この図はまた(2)のように書き換えることができる。すなわちS1とΦ、SとAが同じものであることがここで理解される。

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そしてこの図式にさらに下記のように-φを書き加えることも可能である。

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 さて、このように$aとそれを分解したこれらの式や記号を理解することによって精神分析の何が理解されるだろうか。以下に具体例を挙げてみることにする。なお各々の記号の意味については、次回以降説明することとする。

3)たとえば男女の違い、性別化の式

 たとえば精神分析が教える男性と女性の違いの理解がしやすくなるだろう。下の図式は、著名なラカンの「性別化の式」である。この図式は精神分析の専門家だけではなく、たとえばフェミニズムのなかでもポストフェミニズム理論やジェンダー論について学んだことのある人ならば一度は見たことがあるのではないだろうか。(1)はジャック・ラカンによるオリジナルの式である。この式のなかにはすでに前記のファタスムの式やファンタスムの構造に見られる記号、$a、Φなどが出てくるが、(2)の藤田博史による「性別化の式」では、右側にさらに$ーS1-S2-aというさきほど「ファンタスムの構造(1)」で見た記号と同じ記号が列記されており、このことによって、S1に相当するものが男性においてはΦ、女性においてはS(Ⱥ)であることなどが瞬時に理解されることになる。すなわち一つ一つの記号の意味を理解していれば、この式の意味も容易に理解されるのである。

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4)たとえば「眼差し」と「目」の違い。

 同様のことは、欧米の美術批評や映画批評、さらにはジェンダー論でしばしば考察されてきた「目」と「眼差し」のテーマについて考える際にも役にたつだろう。下記の「見えるものの領野の構造」の(1)はラカンが用いた図式であるが、藤田はこれを(2)の図のように、先述の記号に置き換えることによって、これらの記号の意味さえ理解していれば「見えるものの領野の構造」が一目瞭然にわかるように図示してみせた。

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5)アブジェクシオンも一目瞭然

 さて、上記の図式はラカンの図式を元にそれを発展させたものであるが、他にフロイトの図式を元に発展させたもの、さらには藤田博史オリジナルの図式もある。ここではジュリア・クリステヴァのアブジェクシオンという概念を理解する上で役にたつ下記の図式を紹介しておく。赤字でabjectionと書いてあるところに注目していただきたい。

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 アブジェクシオンを理解するに際してはこれ以外にもさまざまな図や式が主に『人間という症候』のなかで紹介されている。それゆえ著書をあらためて読んでいただけば理解できることではあるが、この連載のなかではそれらをひとつひとつ具体的に基本の基本から紹介していきたいと考えている。

6)連載の順序について

 連載の順序であるが、基礎編では、フロイト/ラカンの精神分析を、ジグムント・フロイト、ジャック・ラカンによる図式、また藤田博史がそれらの図を用いてあらたに作った図式を用いて説明していく。またジュリア・クリステヴァのアブジェクシオン理論をラカン理論と組み合わせた図式などもあわせ紹介していく。それゆえタイトルは「図解 基礎からの精神分析」、副題は「基礎編〜フロイト/ラカン理論を藤田理論から読み解く」とした。これらは主に藤田博史の著作『精神病の構造』『性倒錯の構造』『幻覚の構造』『人間という症候』『人形愛の精神分析』などから採った図式を中心として、書籍化されていない論文や、公開セミネールやフジタゼミの板書などで提示された図式を随時付け加えていく予定である。
 応用編では、2003年から毎月1回東京恵比寿の日仏会館で開催されてきたユーロクリニーク文化部主催の公開セミネールで展開されてきた藤田博史の精神分析理論を、公開セミネールで用いた図を用いて読み解き、タイトルは「図解 基礎からの精神分析」、副題は「応用編〜藤田理論を読み解く」とする予定である。

つづく
2015.11