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RADWIMPSと君の名は。


 言葉を紡ぎにくい時代である。言葉を発した時に、それがどのように人の耳や心に響いていくか、その響き方がここ数年特に変わってきたという印象がある。その理由のひとつが、この国の場合は、3.11ではなかっただろうか。
 その意味で、最近出版された金森修の遺『人形論』プロローグに見られる次のような言葉には、それでも書くに至った経緯も含めて、表現者としての誠実さがあると思われた。

 「二〇一一年春の大震災と原発事故が私の筆を止めた。激甚な津波という天災と、原発事故という人災。そしてその後の日本社会が示した混乱、隠蔽と棄民。あれほどの大事件があった後で人形を主題にした本を書くことは『何か違う』という感覚があった。」(金森修『人形論』)

 3.11を通して何が変わったのか、あるいは本当はすでに変わっていたものが可視化されたのか。このことについては様々な角度から様々な立場から語れることがあるだろうが、ここでは一つの小さな窓口から見てみたい。


  RADWIMPSというロックグループがある。3.11はRADWIMPSとっても重要な転機であった。彼らの音楽に特に興味のない人でも、彼らの名を知らない人でも、2016年に大ヒットしたアニメ映画『君の名は。』の音楽担当といえば、ああ、あの音かと腑に落ちる人も結構いるのではないか。全編に流れる彼らの音楽は、この映画に大変ふさわしいものであった。この作品のテーマと彼らの音楽は本当にぴったりマッチしていた。それは彼らの音が3.11寸前の感覚を冷凍保存のように保持していたからである。喪失感とノスタルジー、その絶妙な配合が多くの人を惹きつけた。それが、この映画のテーマと絶妙に噛み合っていた。

 彼らの音楽にわたしが注目したのは、2010年ごろだったかと思う。RADWIMPSの楽曲の作詞・作曲をほとんど全て担当している野田洋次郎は、子供の頃アメリカに住んでいた帰国子女で、その「日本語」に対する他者感覚が絶妙に刺激的で魅力的な言葉を作り出していた。特に2009年の「おしゃかしゃま」(動画)に続く2011年「DADA」の歌詞における日本語に対する距離感と、日本語を解体しようとするラディカルなその感覚と才能に惹かれた。この「DADA」(動画)に続き、2011年2月9日に発売されたのが「狭心症」(動画)である。

 「狭心症」はそのビデオ映像とともにRADWIMPSの野心作である。少女が目隠しをして廃墟の暗闇の中を車椅子で進んでいくのを野田洋次郎が押して歩いていく。世界中の悲しい出来事が彼らの周りで起こっている。世界中の戦争や内戦やテロや飢餓やいさかいなどが彼らの周りにはある。その中を目隠しした少女と野田が歩いていく。世界といっても、身近な日本や日本人らしき姿はそこにはほとんど見当たらない。「出来事」は遠くで起こっている。しかしそれを否応なく目に入ってくる。インターネットで情報と映像が世界を一瞬のうちに駆け巡る時代。見ようと思えばいろいろな光景が一瞬のうちに目に飛び込んでくる。見たくない光景も飛び込んでくる。TVのような検閲もなく、殺戮の光景も時にダイレクトに入り込んできてしまう。「狭心症」の歌詞はそういう時代を反映している。

  この眼が二つだけでよかったなあ
  世界の悲しみがすべて見えてしまったら
  僕は到底生きていけはしないから
  うまいことできた世界だ いやになるほど

  それなのに人はなに血迷ったか
  わざわざ広いこの世界の至る所に
  ご丁寧に眼付けてあーだこーだと
  僕は僕の悲しみで精一杯なの

  見ちゃいけないなら 僕がいけないなら
  針と糸すぐほら持ってきてよ
  塞いでしまうから 縫ってしまうから
  最後にまとめて全部見してよ

 ここには「世界の悲しみ」と「僕の悲しみ」という対立がある。世界の悲しみはあちらにあり、私的な僕の悲しみはこちらにある。「世界の悲しみ」は「経験する」ことではなく「見る」こととして描かれている。自分はそこにいない。ただ「見る」ことしかできない。しかし見ることもつらい。自分はそれを見続けなければならないのだろうか。そんな葛藤がここにはあらわれている。目をふさがれている少女は彼自身の分身かもしれない。悲惨な光景を見せるべきか否かという葛藤はあるが、少女の命を僕自身が守るのか、守ることができるのか、守るべきなのか、という当事者の葛藤はそこにはない。周りの光景から自分自身は幕か膜一つ隔てられているかのようである。「世界の悲しみ」から目を背けること、それを遠ざけることがもたらす罪悪感は、自分自身はそこから遠ざけられ安全地帯にいるという確信に近い感覚とともにある。罪悪感の多寡を問わなければ、これは「2011年」までの日本の多くの人の感覚であったのかもしれない。『君の名は。』の新海誠監督も、ハフィントン・ポストのインタビューの中で次のように語っている。

 「2011年以前、僕たちは何となく「日本社会は、このまま続いていく」と思っていました。もちろん、人口が減って経済規模も縮小していくなど、少しずつ社会が衰退していく予感はあったとは思います。でも、さほど起伏のない「変わらない日常」がこの先ずっと続くんだという感覚がありました。」(新海誠)

 人口減少が語られながらも「変わらない日常」が続いていくと漠然と多くの人が思っていた。そんな日常をもう少し意味ありげに語ったのが「終わりなき日常」という言葉であった。いずれにしてもそのように語られる時代がなだらかに続いていくかに思われていたのである。「終わりなき日常」という言葉が広まっていったのは20世紀末のことであったが、そんな空気感が残存するなかで、RADWIMPSの『狭心症』はそういう内向きの閉鎖的な意識に対する異議申し立てでもあるように見えた。

 ところがこの曲のミュージックビデオがYouTubeに登場したその1ヶ月後、この曲を収録したアルバム「絶体絶命」が発売された2日後、3.11によって、日本は「世界の悲しみ」を「見る」側ではなく、当事者になってしまう。その日から、外にある世界の悲しみに対して倫理的であろうとする姿勢そのものの土台が崩れてしまった。あるいは日本のサブカルチャーの一つの典型をなしていた「終わりなき日常」という意識によって支えられていたさまざまな表現がその効力を色褪せさせてしまった。

 「終わりなき日常」はまるで薄い皮膜のなかで静かな平和を享受しているような状態であったと言える。ところがその皮膜が破けてしまった。そこから空気が絶えず漏れ続けている状態が続いている。原発事故はいまもまだ収束せず、穴が空いてしまったまま閉まらずにいる。「狭心症」まで一気に表現の緊張感を高めていたRADWIMPSの音もまたその時を境に失速していったように見えた。それでもRADWIMPSはその後、2012年の「白日」をはじめとして、毎年3月11日に新曲を発表し続けた。そこでは野田の熱気を帯びて急上昇していくような強烈な才気は影を潜め、静かな鎮魂歌が繰り広げられている。そんなRADWIMPSが再び大きな注目を集めたのが「君の名は。」の映画音楽によってであった。

 ここで「前々前世から」をはじめとするRADWIMPSの音楽を聞いた時、わたしは2011年以前の封印されていた音が解凍されて表れてきたかのような印象をもった。この映画作品は、2011年以後にしか描けなかっただろうが、2011年以前の世界の空気感が表現の重要な要素である。野田洋次郎は、2011年以降自分自身の創作作品としてはそれまでのような音がそのままでは作れなくなった。しかし2011年以前の世界を描きだす映画のための音楽であるという、いわば大義名分が与えられたことによって、封印され冷凍保存されていた音を解凍することが許されたかのようであった。少なくともわたしにはそのように聞こえた。

 新海誠は2011年以前と以後では、人々が求めるものが変わってきたのではないかということを、次のように語っている。

 「町は、いつまでも町のままではない。いつかは無くなってしまう。劇中で瀧が入社面接で言った「東京だって、いつ消えてしまうか分からない」という台詞の通りです。そういう感覚の中で僕たちは生きるようになった。そこで描く物語は、今回のように決して諦めずに走っていき、最後に生を獲得する物語にしなければいけない気がしたんです。やっぱり2011年以前とは、みんなが求めるものが変わってきたような気がします。」(新海誠)

 喪失感があるからこそ、喪失そのものではなく、再生を描こうとする。しかしこの再生は喪失と背中合わせの再生である。その意味でこれは喪失後の世界を最初から生きる人の世界観ではないだろう。その意味で、この作品は、決定的に新しい時代の表現とは言えないだろう。それが良い悪いの問題ではなく、そういうことなのだろう。これも一つの表現の形であることは間違いないのだが。

2018.6

追記)このエッセイを書いた直後、6月6日にRADWIMPSが「HINOMARU」という新曲を発表して、物議を醸している。歌詞は復古的で曲としては単調である。次回以降、RADWIMPSをひとつのきっかけとして日本的なものに接近していこうと思っていたが、悪い意味で典型的なサンプルが出てきてしまったようである。この問題については次回以降にあらためて触れてみたい。(2018.6.9)